導入
第一回の記事ではヒューマノイドが「移動する」技術をテーマとしました。続く第二回で取り扱うのは、「操る(マニピュレーション)」技術です。これはヒューマノイドの実用性を高めるために最も重要で、同時に現在でも困難な課題です。
長年、ロボットによる物体操作は、厳密な数理モデルに基づく「解析的制御」の領域にありました。しかし現在、その風景は一変しています。ChatGPTに代表される生成AIの波が物理世界に到達し、ロボットは「計算」する存在から、振る舞いを「生成」する存在へと進化を遂げようとしています。
本稿では、マニピュレーション技術の歴史を、古典的な冗長制御から最新のVLA(Vision-Language-Action)モデルまで、技術的な転換点を軸に紐解きます。
古典的アプローチ:解析的手法と探索的手法
ヒューマノイドの腕は、ホビー向け製品に見られる4~5自由度のものから7自由度のものまで見られます。6自由度までであれば、手先の目標姿勢が決まれば目標関節角もほぼ一意に決まります1。一方で,人間の動作の模倣を目指す場合、人間の腕の自由度に合わせて7自由度が選択されることが多いです。3次元空間での位置と姿勢(6自由度)を決定するのに必要な数以上の関節を持つため、これらは「冗長マニピュレータ」と呼ばれます。冗長であればマニピュレータの動かし方の自由度が増す一方で、その有効活用は難しい点がありました。これに対し、目標姿勢へ到達するための制御を解析的手法で、目標姿勢の大域的な時間変化(経路)の決定を探索的手法で行う方法がよく使われていました。
零空間(Null-space)制御による関節角の決定
1980年代から2000年代にかけて、ロボットアームの制御で中心的だったのは「手先をどの方向に、どれだけ動かすと、関節がどのように動くか」を結びつける微分運動学という考え方でした。ロボットの手先の動きと関節の動きの関係を表すのがヤコビ行列で、これを使って逆運動学を解くのが当時の主流でした。
特に議論の中心になったのは、関節の数が手先の自由度より多い“冗長な腕”で、その余った自由度をどう活かすかという問題です。手先の動きを決める方程式には、実は「主となる解」のほかに、手先の位置や姿勢を変えずに関節だけを動かす“余剰の動き”が必ず存在します。
この「手先を動かさずに関節だけを動かせる成分」が、いわゆる零空間(Null-space)です。零空間を使うと、手先の動作を乱さないまま、
- 肘を張って見た目を整える
- 障害物を避ける
- 関節の可動範囲の端に行かないように調整する
といった副次的なタスクを同時に実現できます。
この考え方は数学的にも非常に洗練されており、現在でもテレオペレーション(遠隔操作)や工場などの環境変動が小さい環境では非常に有効です。
探索ベースの手法(RRT/PRM)による手先の動作計画
Null-space制御は非常に強力ですが、前提として「何をすべきか(タスク)」が明確に与えられている必要があります。ここでのタスクとは、障害物をどの経路で避けるかといったものです。このタスクの具体化を担うのによく使われていたのが探索ベースの手法でした。このような障害物が存在する複雑な環境での経路生成には、RRT(Rapidly-exploring Random Tree)やPRM(Probabilistic Roadmap)といったサンプリングベースのアルゴリズムが用いられてきました。 これらは「確率的完全性」を持ち、理論上は時間をかければ必ず解を見つけられます。しかし、関節数が増えるほど探索空間が指数関数的に増大する「次元の呪い」に弱く、動的な環境変化に即座に反応することが難しいという課題を抱えていました。
過渡期:強化学習と「平均化」の呪縛
冗長自由度に対する解析的な扱いは前節のようなものが代表的ですが、人の手を模したロボットハンドに同じ手法を通用させるのはさらに難しい課題でした。自由度が増えると計算量も大幅に増えますし,周囲環境に直接干渉するというハンドの使用目的に対して、モデル化誤差の影響は大きな問題となりえます。
こうした背景のもと、2010年代には深層学習の進展により、ロボット制御にもデータ駆動のアプローチが持ち込まれました。大きく分けると、その流れは二つあります。ひとつは試行錯誤を通じて動作を獲得する強化学習(Reinforcement Learning)、もうひとつは人間のデータから直接学習する模倣学習(Imitation Learning)です。
OpenAI Dactylの衝撃
2018年、OpenAIが発表したDactyl2は、24自由度の多指ハンドを用い、ルービックキューブの操作を強化学習で獲得させました。物理モデルの厳密な記述に頼るのではなく、シミュレーション内での膨大な試行錯誤とドメインランダム化を通じて現実環境への適用(Sim-to-Real)を実現し、「指の歩行(Finger Gaiting)」のような創発的な動作を生み出しました。
その様子はOpenAIのYouTubeで公開されています。
これは、従来の解析的手法では扱いきれなかった高自由度な操作に対し、データ駆動的なアプローチが有効であることを示した象徴的な事例でした。一方で、膨大な学習コストや再現性の難しさといった課題も明らかになりました。
行動クローニングの限界
強化学習と並行して注目されたのが、模倣学習の一種である行動クローニング(Behavior Cloning: BC)です。これは人間の操作データを教師あり学習として扱うことで、比較的少ない試行回数で動作を獲得できるという利点がありました。
しかし、初期のBCには致命的な弱点がありました。それは、人間が障害物を「右から避ける」データと「左から避ける」データを等しく与えた場合、ネットワークがその「平均(=障害物への直進)」を学習してしまうという「マルチモーダル(多峰性)」の問題です。この曖昧さは、わずかなずれが致命的な失敗につながる実環境において、信頼性を大きく損なう要因となりました。
このように、強化学習は「学習コスト」、行動クローニングは「多峰性」という異なる課題を抱えており、いずれも実用化に向けては決定打に欠けていました。こうした状況を打開する形で登場したのが、次章で述べる生成モデルに基づくアプローチです。
生成的革命:Diffusion PolicyとAction Chunking Transformers
2023年以降、このマルチモーダルの壁を打ち破ったのが、画像生成AIの技術をロボット制御に応用した手法です。中でも印象的なDiffusion PolicyとAction Chunking Transformersを紹介します。
Diffusion Policy(拡散ポリシー)

コロンビア大学やToyota Research Institute(TRI)などの研究者らが提唱した Diffusion Policy3 は、ロボットの動作生成を「ノイズから正しい行動軌道を復元するプロセス」として定義しました。
そのプロセスとは、ランダムなノイズだけの状態から、観測データを与えながらノイズを除去することで最終的に所望の状態Aが得られるというもので、画像生成AIでよく使用されている拡散モデルをロボットの動作生成に応用したものです。
拡散モデルは確率分布をそのまま扱えるため、右に行くか左に行くかという複数の正解が存在しても、中途半端な平均をとらず、サンプリングにより確率的にいずれかのモードを選択して出力できます。これにより、液体の注ぎ込みや柔軟物の扱いといった、従来の数理モデルでは記述不可能だった繊細な動作が実現可能になりました。
Diffusion Policy の代表的な成功例として、TRI が公開した液体注ぎや布の折り畳みタスクがあります。従来は物理モデル化が難しく、ロボットが途中で動作を破綻させがちだったこれらの作業に対し、拡散モデルは多様な軌道の中から適切なモードを選び取り、滑らかで破綻しない操作を実現しました。
Action Chunking Transformers (ACT)

同時期にスタンフォード大学が発表した ACT (Action Chunking Transformers)は、Transformerを用いて未来の行動系列を「チャンク(塊)」として一度に出力します。 従来のステップごとの予測では、小さな誤差が蓄積して制御が破綻する(Compounding Error)問題がありましたが、ACTは過去の観測履歴も踏まえながら未来の軌道全体を予測し、さらに予測履歴も活用することで、動作の滑らかさと一貫性を劇的に向上させました。
図では古典的な強化学習における1ステップずつの観測・予測・行動のプロセスと、ACTの観測履歴からTransformerがチャンク予測を行い、得られたチャンクを統合して行動を出力するまでのプロセスを比較しています。
ACT では、研究チームが示した「リンゴをつかんで箱に入れる」「散らばった物体をまとめて整列させる」といった長時間タスクを実現できたことが象徴的です。未来の行動チャンクを一括で予測することで、途中で迷ったりブレたりせず、あたかも熟練者のように一貫した動作を遂行できることが示されました。
現代の最前線:基盤モデルとVLAの統合
Diffusion Policy や ACT が「ロボットが自律的に動作を生成できる」ことを示した一方で、これらの手法は依然として特定タスクごとのデータ収集と学習を前提としていました。2024年以降、この制約を大きく揺るがしたのが、Vision-Language-Action(VLA)モデルです。VLA は、画像と言語と行動を同一の表現空間で扱うことで、ロボットに「タスクの意味を理解させる」ことを可能にしました。
RT-2:物理世界への意味的理解の導入
象徴的な例として、Google DeepMindの RT-2 4は、Web上の膨大なデータで学習した大規模モデルにロボットの動作データを統合しました。 これにより、ロボットは明示的に教わっていない指示(例:「絶滅した動物のぬいぐるみを拾って」)をLLMの知識から解釈し、適切な物体を掴むという、高度な一般化能力を獲得し始めています。
スタートアップ各社の戦略的アプローチ
このパラダイムシフトを背景に、主要なヒューマノイドスタートアップは独自の技術スタックを構築しています。有名な例としては以下が挙げられます。
- Figure AI: 高レベルの論理推論を行うSystem 2と、200Hzで動作する低レベルな視覚運動ポリシーであるSystem 1を階層化し、VLMを用いて複雑なタスクを遂行するHelixを発表しています。
- 1X Technologies: 低コストで安全な「テンドン(腱)駆動」のハードウェアを活かし、人間との接触を前提とした大規模なテレオペレーションデータを収集。ビデオ予測による「世界モデル」を通じた学習を進めています。
結論:なぜ今、高度なマニピュレーションが可能なのか
「なぜ今なのか」という問いに対する答えは、「解析的手法からデータ駆動的手法への移行」と「生成的アプローチの導入」にあると考えられます。
かつてエンジニアが手書きの式で記述しようとした複雑な物理現象や冗長性の解消は、今や数千万件のデータから学習されたニューラルネットワークの中に、暗黙的な知識として封じ込められています。拡散モデルがマルチモーダルな選択肢を整理し、Transformerが時間的な連続性を担保し、VLAモデルが意味的な理解を付与する。これらの合流により現代のヒューマノイドの機運が高まっています。
次回は、これらの高度なソフトウェアを支える、そして物理世界との唯一の接点である「第3回:駆動部ハードウェア」に焦点を当てます。
- 正確には関節角の範囲が十分広ければ複数の解が得られます。マニピュレータを鏡に映すことを想像すると直感的に理解しやすいです。 ↩︎
- Learning dexterity | OpenAI ↩︎
- Diffusion Policy ↩︎
- RT-2: New model translates vision and language into action — Google DeepMind ↩︎

