序論:物理的身体性の復権
ヒューマノイドの議論は、どうしてもAI(認知・計画)の進歩に目が行きがちです。しかし実環境で役に立つロボットを作る上で、同じくらい重要なのが「身体」、つまり駆動系(アクチュエータ)です。本連載の第三回ではこのアクチュエータの変遷について扱います。
ヒューマノイドの実用化が現実味を帯びてきた背景には、駆動系が正確な位置に動くための装置から、接触を受け止め、学習で振る舞いを変えられる装置へと変わってきた、という構造的な変化があります。キーワードは「バックドライバビリティ(backdrivability)」です。
古典的アプローチの限界:ASIMOの時代(高減速比・位置制御)
2000年代を象徴するヒューマノイドの一つがHondaのASIMOです。ASIMOは、階段昇降や走行など、当時としては驚異的な運動能力を示しました。
ただし技術思想は「位置制御を中心に、事前に計算された軌道を高精度に再生する」ことに寄っていました。高減速比の機構は、モータの小さなトルクを増幅し、関節角を狙い通りに止めやすくします。反面、ギア摩擦やバックラッシュ、反力がモータ側を逆に駆動することができない、低いバックドライバビリティが、接触作業や外乱下での柔軟性を奪います。
結果として、整った床・整った条件では美しく歩けても、現場で起こる「ちょっとした押され」「荷物の揺れ」「床の滑り」に対しては、システム全体を硬くして耐える設計になりがちでした。これは安全面でも課題を残します。人と同じ空間で動くロボットは、“ぶつかったときに強い”よりも“ぶつかったときに逃げる/受け止める”性質が重要になるからです。
油圧駆動の功罪:Boston Dynamicsの挑戦
この硬さとは対照的に、圧倒的なパワー密度と運動性能を示したのが油圧駆動のAtlasでした。油圧は高出力をコンパクトに出せ、ジャンプやダイナミックな着地など、二足歩行の“運動限界”を押し広げました。
一方で、油圧はシステムが複雑で、効率・メンテナンスの観点で量産・長期運用が難しいという現実的な壁もあります。Boston Dynamics自身が、油圧Atlasを退役させ、次世代として「完全電動のAtlas」を発表したことは、産業化の前提が“性能だけでなく運用性”に移ったことを象徴しています。
現代の革命:低減速比(QDD)の普及

現代のヒューマノイドで主流となっったのが、低減速比ギア+高トルク密度モータを組み合わせた「準直駆動(Quasi-Direct Drive: QDD)」系を用いた設計です。従来のように100:1〜150:1といった高減速比で“力を稼ぐ”のではなく、6:1〜20:1程度の低いギア比で必要トルクを直接モータ側で確保するという思想です。
低減速比の最大の特徴は、外力が入ったときに関節が逆駆動される余地(バックドライバビリティ1)を大きく残すことです。これにより、衝撃吸収・接触安全性・力制御帯域が飛躍的に向上します。 この構造的メリットが、近年のヒューマノイドの性能向上とSim-to-Realの成功を支える土台になりました2。
QDDがもたらす主なメリットは以下の通りです。
- トルク指令と関節挙動の線形性が高まり、学習させやすくなる
- 摩擦・バックラッシュ・ヒステリシスが減り、シミュレーションと現実の乖離が小さくなる
- 接触を含むタスクでの安全性と制御帯域が向上する
この結果、シミュレータで訓練し、現実で動かすsim-to-realの難易度が大幅に下がりました。QDDモータ は、 第一回で述べた強化学習がブレークスルーを起こすための非常に重要な立役者となりました。昨今のヒューマノイド技術においては大規模なモデルに学習させて獲得した動作ばかりが強調されますが、QDDモータの普及も同じぐらい重要な側面であるといっても過言ではないでしょう。
もちろん、QDDが普及した背景にも技術の進化があります。モータに使われる磁石の高性能化やコイルの高充填率化、熱設計の改良に加え、ロボットの素材の軽量化も一役買っています。
アクチュエータの多様化

ロボットのアクチュエータといえばモータが真っ先に思い付きますが、実は従来から他のアクチュエータの活用の研究も行われています。近年では企業が開発するヒューマノイドに搭載されるアクチュエータも多様化してきました。一口にヒューマノイドのアクチュエータといっても、脚に使うものと指先に使うものでは要求性能の方向性が全く異なります。こうした多様な要求を満たす必要性がアクチュエータの多様化の背景です。
ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。
回転型(遊星ギア・ハーモニック等)
関節モジュールを回転型でまとめ、遊星ギア等でトルクを出すアプローチがあります。モジュール化しやすく、関節数が多いヒューマノイドでスケールしやすいのが利点です。適用例が多く、その一つとしてUnitree Roboticsは自社サイトで、H1の関節トルク等を含む仕様を公開しています。
直動型(ボールねじ/ローラーねじ等)
一方、膝や肘など“ほぼ1自由度で大きな力が必要”な関節では、回転を直動に変換する機構(ねじ系)を使う設計も魅力的です。近年は、ボールねじより高荷重・長寿命とされる遊星ローラーねじ(PRS)が注目部品として報じられています。
ただし、どの企業がどの機構を採用しているかは外部からは断片情報になりやすいのが実情です。
公式の技術資料として発表されているわけではありませんが、断片的な資料に基づく技術者による分析で、Tesla社およびFigure社のヒューマノイドで使用されているとの情報があります。
先の回転型か直動型かを択一で選ぶわけではなく、狙うコスト・出力密度・整備性・量産性に対して、回転型/直動型をどう混在させるかが設計の要所になると考えられます。
ワイヤ駆動
腕や指など、軽量・低慣性が求められる部位では、モータを遠隔配置し、ワイヤで関節を駆動する方式もあります。 ワイヤは軽く、バックラッシュがほぼゼロで、衝突時の安全性も高いのが利点です。例として、家庭向けなどにヒューマノイドを開発しているアメリカの1X社が公開している動画から、同社のロボットにはワイヤ駆動が採用されている様子がうかがえます。
一方で、張力管理・伸び・摩耗といったメンテナンス性が課題になりやすく、量産ロボットでは採用が分かれます。しかしながら、 特にモータの配置に苦慮することの多いヒューマノイドのハンドの設計においては、ケーブル駆動は現在も有力な選択肢です。
これまで述べたようなアクチュエータ多様化のもう一つの要因として、ヒューマノイドの事業化を意識した開発のために、性能以外にコストやエネルギー効率などの要求も考慮されるようになってきたことが挙げられます。多様化は技術の進化の結果であると同時に、ヒューマノイドの事業化に向けた各社の努力の証でもあります。
結論:「正確に動く機械」から「柔軟に動く身体」へ
駆動系の進化を一言でまとめるなら、ヒューマノイドは「正確に動く機械」から、「柔らかく、外界に合わせて学習できる身体」へと変わった、ということです。そしてこの身体の変化が、強化学習・生成モデルといったソフトウェア側の進化を、現実世界に接続する土台になっています。
ヒューマノイドは多種多様な技術の結晶であるため、単なるソフトウェアの進化だけでは語れない面が多くあります。開発者にとって、それは多くの技術的困難が待ち受けることを意味すると同時に、抗いがたい魅力でもあります。
最終回となる第四回では、ヒューマノイドに使われるセンサ技術の進化に焦点を当てていきます。
- バックドライバビリティそのものの詳細についてはロボット学会誌の記事:ロボットとアクチュエータのバックドライバビリティでわかりやすく解説されています。 ↩︎
- 外力に応じてロボットの先端を動かす制御手法は以前から知られていましたが、外力に応じて自らを動かすのではなく、逆に自らが駆動されるようにハードウェアから変わったのがポイントです。 ↩︎

